盆踊りと民俗舞踊
宮廷の舞とは別の、日本の共同体的な踊りの流れを読む。
日本の踊りの歴史を深くさかのぼると、 にぎやかな祭りや都市の夜よりさらに前に、 宮廷の静かな時間の中で育った舞が見えてくる。 それが舞楽だ。 そこでは踊りは、自己表現よりも秩序、儀礼、美の形式に近い。
舞楽は、雅楽と結びついた宮廷舞踊として知られている。 日本の舞踊史の中でも特に古く、格式の高い層に属し、 後世の能や歌舞伎のような舞台芸能とは別の時間感覚を持っている。
それは、激しく感情を見せる踊りではない。 むしろ、整えられた身体、ゆるやかな移動、反復、方向性、 装束と色彩の秩序によって成立する「宮廷の舞」だ。
舞楽は、
踊りを自由にする前に、
まず秩序の中へ置いた。
舞楽は雅楽の舞の部分として理解されることが多い。 つまり音楽だけが宮廷文化を作っていたのではなく、 その音に合わせて動く身体もまた、宮廷の美意識の中にあった。
後の夜の踊りがフロアや共同体の輪を作るなら、 舞楽はまず場の格式を作る。 そこでは踊りは娯楽であるより先に、 王朝的な時間と空間を整える行為だった。
舞楽の重要な特徴のひとつは、 日本の内部だけで自然発生したものというより、 中国や朝鮮半島など大陸由来の芸能が日本の宮廷文化の中で整えられ、 日本化されていった点にある。
つまり舞楽は、外から来たものをそのまま残した芸能ではない。 むしろ日本の宮廷が、それらを長い時間をかけて取り込み、 儀礼として持続できる形へ磨き上げた結果でもある。
舞楽は東アジアの広い文化交流の中で日本へ入ってきた系譜を持つ。
外来要素は、そのままではなく、宮廷儀礼にふさわしい形へと再編された。
他の芸能が都市や武家へ広がる中でも、舞楽は宮廷性を強く保ち続けた。
舞楽の説明でよく触れられるのが、左方と右方の舞の区別だ。 色彩や由来の違いがそこに整理され、 舞台上には方向性そのものが美として置かれる。
これはとても面白い。 近代以降の踊りでは、個人の自由や感情が前に出やすい。 しかし舞楽では、まず構造があり、位置があり、左右があり、 その秩序の中で身体が意味を持つ。
盆踊りや民俗舞踊が共同体の輪の中で踊られるのに対して、 舞楽は宮廷の秩序の中で踊られる。 そこには、誰でも輪に入れるような開かれ方はあまりない。
だが逆に言えば、日本の踊りの歴史には、 最初から二つの大きな流れがあったとも言える。 一つは共同体の踊り。 もう一つは格式と儀礼の踊り。 舞楽は、その後者のもっとも美しいかたちのひとつだ。
日本の踊りには、
輪の中で踊る流れと、
秩序の中で舞う流れがある。
日本の伝統芸能を考えるとき、多くの人は能や歌舞伎を思い浮かべる。 だが舞楽は、それらよりさらに古い層に属する。 しかも宮廷に深く結びついているため、都市娯楽とはまったく違う時間感覚を保ってきた。
その意味で舞楽は、演劇というより儀礼に近い。 観客を驚かせることより、形式を守り続けることに価値がある。 そこに、日本の踊りのもうひとつの原点がある。
ジャズ喫茶やクラブの夜とは、空気も目的も大きく異なる。
どれほど遠く見えても、舞楽は日本で身体が形式を持って動く古い基盤の一つだ。
舞楽と宮廷文化は、現代のナイトライフから見れば遠い世界に見える。 だが日本の踊りの歴史を長く見るなら、 そこにはきわめて重要な原型がある。
clubs.co.jp では、舞楽を ただ古くて難しい宮廷芸能としてではなく、 日本の身体表現が最初に国家的・儀礼的な形を持った大きな起点として残したい。