バブルの頂点に着いた日
私の東京は、最初から眩しかった。しかも、その眩しさの頂点から始まった。
1989年、私はバブルの頂点で東京に着いた。そこから始まったのは、 クラブ名の一覧ではなく、友情、偶然、音楽、ネオン、笑い、そして 時代そのものの温度でできた夜の物語だった。
このセクションでは、六本木の夜を「歴史」ではなく「体験」からたどる。 Gas Panic で Mike に出会った最初の週。Motown で 「踊れないなら、Motownもかけるな」と言い返した2012年。 1990年代、65人の若いスタッフと走ったインターネット会社時代。 そして、DJ Joey Slick のような人たちが部屋の空気を動かしていた夜。
ここにあるのは、バブル東京と六本木の夜を、店名だけでなく 人物と記憶で残すためのページ群だ。
バブル絶頂期の到着、六本木の人脈、夜の空気、そして音楽と法律の矛盾まで。
clubs.co.jp は、日本のダンス文化や風営法の歴史を扱うサイトだが、 この回想録セクションではそれを人間の目線に戻す。 バブルの東京に着いた一人の外国人起業家が、六本木の夜をどう見て、 どう感じ、どう記憶したか。その具体的な温度を残す。
ここでは、夜は制度や建物だけでなく、人と偶然でできている。
私の東京は、最初から最大出力だった。到着の年そのものが、記憶の土台になっている。
店名よりも、そこで会った人、DJ、友人、笑いの瞬間の方が長く残る。
踊るための場所で踊ることが問題になる。その矛盾を現場の感覚から書き留める。